事務局より
イラン留学時代からその後ずっと中東にかかわってこられた40年間を振り返って、日本ではなかなか考えられない珍しい体験談をご披露いただきました。楔形文字を習い、ペルセポリスで碑文を読んでいた留学時代には、歌手の加藤登紀子さんとの出会いもあったとか。日本の外交、経済等における問題点についても考えさせられる内容でした。
語り手1: 加藤善徳さん(8期)

「私の卒業後の人生ワンデリング40年 日本の危機管理は大丈夫?」


PDFファイル「私の卒業後の人生ワンデリング40年」(←ここをクリック)と、その他のデータ資料も併せてご参照ください。
資料①・・・地図資料
資料②・・・ペルセポリスについて
資料③・・・IJPC年表(1, 2 , 3 , 4 , 5 , 6 , 7 , 8 , 9 , 10 , 11 )
資料④・・・皇太子殿下・妃殿下クウェイトご訪問
資料⑤・・・イラク戦争
資料⑥・・・イランの歴史

質疑応答
Q.1995年に皇太子殿下・妃殿下クウェート訪問に関して書かれた文で(資料⑤)、「”日本”を立て直す為に、リーダー(地方含め)が、国民の意を酌み、国、地方、世界の為に、有効に、タイミングよく権限が行使できる政治、行政機構の改革が一刻も早く望まれます。それが出来なければ、日本は世界の孤児として取り残されるだけです」とあるので、先見の明だと感心しました。現在、日本でも名古屋の河村市長や大阪維新の会の動きがあるとはいえ、世界的にみて日本はどうですか?

A. 企業は色々やっているけれども、国自体はあまりちゃんとしているとはいえない。例えばイラク戦争の時のこと。サダムフセインがクウエート国境に軍隊およびミサイルを集結するたびに、身の安全のため国外に避難せざるを得ないが、イラク軍の最新情報を日本大使館に問い合わせても本国に問い合わせ中と言って、確認するまでに時間がかかり、これでは万が一の場合は悲惨な結果を招かねないので、アメリカ大使館が在クウエートアメリカ人向けに出している警告書をもとに我々は出国の判断を行っていた。都合五回出国した 。結局自分達で逃げるしか無い状況だった。後日、自主的に早く国外に逃げたことに対して、内閣調査室の室長から素晴らしいと褒められ、何かおかしいなと思った。当時の内閣調査室は首相がころころ変わっており危機管理の機能はマヒ状態だったと知らされた。
また、別の件で、クウェート現地で地元有力family主催のパーティーが行われる話があり、
主催者がアメリカ大使、イギリス大使、フランス大使、日本大使に招待状を送ったので、私も出席してほしいとの話があった。そういった場では大きなプロジェクトの話も交わされるので、ビジネスの絶好の機会になる。ところが大使館の方は、民と官は違うと言って参加しなかった。他の場で大使が現地の民間人と積極的に話し合うというわけでもない。要するに、国のために大きな仕事をしかけるという意識は全く持っていない。今も薄いのでは。




Q.湾岸戦争の時、日本はお金を出したがその評価は現地ではどうでしたか?
A.日本は1兆円出したが、現地の評価は全然無かった。イラクから解放された時にクウェート政府が援助してくれた国々に感謝を表すために発行した記念切手に、日本の国旗が入っていなかった。残念ながら、日本の外交の力はそんな程度である。
フセインが油田に火をつけて逃げたがその火を消したのはアメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパ勢。特に中国の人海戦術による消火活動が目覚ましかった。今、中東でステイタスが上がっているのが中国と韓国。日本のステイタスはどんどん下がっている。中国、韓国は政府が中心になって、中国、韓国企業の後押しをしているが、日本政府の対応は弱く、又、企業の競争力も円高等で弱まっており、日本国の力は以前に比し弱体化している。

談話)
日本大使館の「官と民は違う」という態度は、外務省に昔から根付いているようで、
今後成長が期待できる東南アジア諸国でも同じでは。経済力を上げていくには、国が官民あげて取り組んでいくという意識が他の国と全然違うように思う。
韓国でも徴兵制がある。今の日本人はケンカ(他国との紛争)でもしたら簡単に外国に負けるのではないか。イランは国民皆兵の国なので、国を自分達で守るという意識が強い。日本で徴兵制等の話をすると、すぐに軍国主義と結びつけられるが、それはおかしい。国を守るという意識が国民の中でもっとあってほしいと思う。大国中国の動き、北朝鮮の問題等々これから国が危険にさらされる事態が起こることが予想されます。本当に、経済も含めて日本は大丈夫かと富に最近危惧しています。













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