加藤さんは55歳で早期退職をし、日本語教師を始めて11年。
日本語と英語と、時には大学卒業以来使うことのなかった専攻のスペイン語まで駆使しながら、
外国人から発せられる奇問難問を理路整然と説明しようと、日夜頭を悩ませておられるそうです。

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 加藤 三郎さん(3期)

「プロとしての日本語教師の道」

〜毎日が楽しい発見、でもちょっと病気?


1.問題な日本語あれこれ

例えば、「お電話いただきましてありがとうございます」 「お電話くださいましてありがとうございます」
さて、どちらが正しい日本語でしょうか?
上の二つの文は、実はどちらも正しいのは正しい。ただ、話し手の気持ちの違いが表れている。
日本語を教えるときには、どういう状況で使うか、どうして間違っているのかを説明しなければならない。
どうやって正しい日本語に導くかが重要。












―――以下、いくつか例を出して考えてみましょう。
まずは外国人の日本語学習者が犯しやすい間違いあれこれ。


@「わたしは加藤です」VS「わたしが加藤です」
 自己紹介のときに言う言葉と自分が名乗り出るときに言う言葉で、それぞれ「あなたは誰ですか」と「加藤さんは誰ですか」に対する答えにもなる。つまり使われる状況は違うが、日本語としてはどちらも正しい。「は」を専門用語でtopic markerと呼び、「が」をsubject markerと呼ぶ。「は」は話題の提供、「が」は主語を示すと同時に排他(exclusive usage)の意味を表す。
また、英語を母国語とする人は必ず「わたしは〜」と言うが、それは文が“I〜 ”で始まるから。でも、わかりきった主語をわざわざ言うのは日本語としておかしいということも教える必要がある。

Aヒルトンホテルにパーティがあります。
「に」ではなく「で」を使うのが正しい。どちらも場所を表す助詞だが、「に」はあるものの有無を意味するときに用い、「で」はアクションを伴うときに用いる。一見「パーティがある」というのは有無を述べているようだが、ここではパーティそのものがアクションを伴うものであるという認識が不可欠。
助詞は英語でparticleと訳されているが、そもそもそれが助詞の概念を理解しにくいものにしているのではないか。学習者になじみのある英文法の概念を利用して、助詞をpostpositionと説明するほうがわかってもらえる。つまり、前置詞prepositionからの連想で、単語の前ではなく後に付くものが助詞というふうに。

B象の鼻が長い。
 「象は鼻が長い」が正しい、主語が二つあるわけではない。「は」と「が」の違いを理解させることがここでも重要。
 
Cわたしは妻に風邪をもらいました。
 「あげる」「もらう」は英語のgiveとイコールではない。日本語のほうは、受け取ったものが相手にとって嬉しいものであるという限定がつく。日本語学習者にとって母語の干渉も大きな問題である。

※日本語を教える際、直接法(日本語を日本語を使って教える)が望ましいが、日本語では理解しにくい場合どうしても母語で教えてもらいたいと言われることもあり、媒介法(間接法)を併用しつつ理解を深めていく必要がある。

Dこの食べ物は元気です。
 This food is healthy.を直訳してしまったための間違い。

Eきのうの会議は早く終わって好きでした。
 日本語で「好き」を使う場合は、ある程度時間の経過を伴う。会議が終わるなどのようにinstantな事柄には使えない。

F彼はまじめできらいです。
 「まじめ」と「serious」の言葉から受ける印象の違いが原因で、日本語では「まじめ」は悪い印象ではないが、英語の「serious」は性格を表す言葉としてはあまりいい意味ではない。

Gわたしは加藤先生に日本語を教えられました。
 日本語の受け身は「迷惑の受け身」であることが多い。普通は「教えられた」ではなく「教えてもらった」と言う。あえて「教えられた」と言えばそれが迷惑な行為であるという意味になる。
ちなみに、日本語は自動詞を受身にする点も特徴で、困ったことを言うときに使われる。
例:奥さんに逃げられた。夫に死なれた。など

H雨が降ったら/降れば/降るなら/降ると、ハイキングは中止です。
 前節と後節とのつながりに関係あるだろうが、自然な言い方は「雨が降ったら」で、「降れば」だと少しフォーマルになる。「降るなら」「降ると」はまず言わないが、説明には苦労するところである。

―――次に挙げるのは、日本人がよくする間違いあれこれ。


I温めますか? 5000円からお預かりします。
 コンビニなどで耳にする言葉だが、正しくは「温めましょうか?」「5,000円頂戴します。」
この前驚いたことに、代金をちょうど支払ったら「ちょうどからお預かりします。」と言われ、思わず「預かるんだったら後で返してくれるの?」と突っ込んでしまった。

Jパンフレットを今から送らさせていただきます。
 「送らせていただきます」が正しい。「さ」付き言葉はまだ違和感があるが、「ら」抜き言葉のほうは最近ではもう一般化してしまったようだ…。

Kあちらでお待ちになっていらっしゃいます。
 過剰敬語もよく耳にする。敬語は一つでいいので、「お待ちになっています」が正しい。

L京都は紅葉でとてもきれかった。
 「きれいな」は形容動詞なのに、形容詞の活用と混同してしまっている。ただ、関西では普通に話されている言い方なので、この例は関西弁と割り切ってもいいかもしれないが。

Mぜんぜんいいです。
 本来、「ぜんぜん〜ない」というふうに否定を導く言葉であるはずだが、肯定と結びついた用法がかなり幅を利かせており、そのうち普通になるのかも。

Nトイレはいまご使用できます。
 「ご使用になれます」でしょう。

Oどうぞいただいてください。
 「いただく」は謙譲語。ここでは尊敬語の「召し上がって」あるいは「お食べになって」を使う。
Pお客様のご伝言、部長にお伝えいたします。
 「伝えます」でよい。身内と外の区別が必要。




2. 今に至る経歴


(1)旅行業の基礎を叩き込まれたKNT時代
   先輩の佐藤さんに誘われて入社試験を受け、自分だけ通ってしまった。本当は商社に行きたかったが、身体検査でどこも落とされたためKNTに就職。
   KNTで大恥をかいた思い出は、大外大卒というだけで英語に堪能だと思われ、ヨーロッパ添乗に出されたときのこと。大都市はさておき田舎の方へいけばEnglish speaking guideしか付かないので添乗員が通訳もすることになるのだが、ガイドが延々説明しても自分が訳すと二言三言で終わる。冷や汗は掻くわ、お客さんからは不信感を抱かれるわ、ついに外国語のできるお客さんが名乗り出て代わりに通訳してくださった。このときを境に、英語をちゃんと勉強しようと心に決めた。
   KNTには4〜5年勤めたが、その当時流行った「夜這い便」(成田空港での駐機料を省くために飛ばした台湾行きの便)など、旅行業界の裏側の汚さを知って嫌になり辞めた。

(2)カルチャーショックのジレット時代
   同じく外資系のかみそりの会社ブラウンとのやりとりを通じて、外国人の営業方法や概念の違いを知った。

(3)第二の人生を方向づけた京阪時代、ミシガン
   京阪交通社に勤めてしばらくして社長のお供で出張に行き、そこで若干の無礼があったようで部著を替わらされた。異動になった先では、琵琶湖を航行するミシガンのnew projectの時期と重なり、日頃から英語を使う機会が増えた。外国人のスタッフを乗せた豪華な船を作り、当時外国人を見ることが稀だった大津での観光の目玉にすべく、外国人の学生を(就労ではなく)研修目的で呼んできてミシガンでアルバイトさせた。
   外国人との交流を通して興味が湧き、通訳ガイドの資格取得。その後YMCAに通って日本語教授法を勉強した。早期退職に応じ55歳で退職。

(4)教師としての求職時代 〜 現在
   退職してから日本語教師の職に就くまで一年間求職活動をした。





3.日本語教師とは
二年前の統計だが、全国に30,084人いて、うち85%くらいは女性である。給与が安いというのも理由の一つではないか。


(1)教師になった動機 「江戸の仇は長崎で」
長いあいだ英語で苦しめられてきた分、外国人をいじめてやれ!というつもりで教え始めたが、実際には返り討ちにあった?!

(2)プロとしての資格と資質 flexibility & availability
  日本語教育検定試験に受かり、実務○○時間をこなし、研修を経て資格を得る。プロとして教えるには資格が不可欠だが、一番大事なのは資質だと思う。
  日本語教師はある意味、演出家や俳優業のようなもの。いわゆる古い考え方の「教師像」では失敗する。日本語学習者とは上下関係ではなく、対等な文化としていかにshareできるか。

(3)教師養成機関 YMCA

(4)日本語学校と生徒 帰国子女、就学生からビジネスマンまで
  日本語学校はおおよそ1,400あり、生徒数は135,504人という統計がある。生徒は幅広いが、自分は主にbusiness person(今は男性だけを指すビジネスマンという言葉は使わなくなった)相手に教えている。

(5)生徒の評価と先生の評価
 習熟度を評価するためにOPI(日本語能力のスタンダード)を設けようという動きがある。そうなれば、○○時間学習したらこのレベルに相応するという基準が定められ、実際に生徒がそのレベルに達していない場合は、それがそのまま先生の評価にもなる。つまり、教え方が悪いから上達しないのだと考えて生徒が先生を替えてくれと言うことも大いにありうる。今や、先生が生徒を評価するのではなく、先生が生徒から評価される時代。しかも、生徒の評価はシビアで、普通(5段階評価で3)でも不十分。2以下は論外、4や5でないと評価につながらない。生徒の満足度がすべてと言っても過言ではない。

(6)教授法あれこれ communicative approach
現在の主流はcommunicative approachと呼ばれるもので、role playingや debate、 information gapなどを通じて日常会話に使える日本語を教える。ただ、場合によってはaudio-lingual methodも用いながらパターン練習によって文型を覚えこませることも大事。






4.現在の活動

(1)maccという会社
  職場は神戸にあるコンサルタント会社、その中の人材派遣を主とする一部門に勤めている。日本語教師は30人くらいいて、契約している外資系企業に派遣され、外国から赴任した社員に対して日本での仕事に差しさわりのないように日本語を教えるのが仕事。

(2)レッスンの形態 プライベートからグループまで
  私の場合は、生徒の家に出張して教えるという形態が普通で、時にはレッスン自体より家までの往復のほうが時間がかかることもあって嫌になるが…

(3)顧客  ビジネスパースン、主夫?

(4)評価基準  Evaluationという刃物
  先の「生徒の評価と先生の評価」で述べたとおり。

(5)レッスン開始まで  はじめの5分で決まる
  準備が命。1.5〜2時間のレッスン内容に対してその2〜3倍は必要。
  また、レッスン開始して5分くらいで生徒の性格判断やニーズ調査をしておく。

(6)その他  QC,プロジェクトチームなど



5.これから…  「老いて学べば、即ち死して朽ちず」


 @今の会社には定年がない。同僚に75歳の日本語教師がいるので、自分75歳くらいまでは頑張るつもり。
 A2010年に奈良で行われる平城京遷都1300年祭でガイドができればと思っている。通訳ガイドの資格を取ったのにまったく使っていないので。
 B奈良検定2級を持っているので、今度は1級にチャレンジする。



質疑応答(…というより、余談という形でお話しされたこといろいろ)

※ 生徒の国籍によって教師像や国民性が異なる。それによって教えにくいことも実際あって、誤解を恐れずにいくつか例を挙げると、インド人には教師は召し使い的な扱いをされ、ヨーロッパの小国出身者は相手を見る目が非常にシビア、フィリピン人はのんびり屋で楽天家が多くレッスンではノートも取らない。ロシア人は性格が暗く、アメリカ人は祖先がどこから来たかによってずいぶん差があるがユダヤ系は概してやりにくかった。

※ 母語と発音の問題が一番顕著なのは韓国人。タチツテトをうまく発音できない。しかし、発音は上級学習者になってからでも修正できるのでほどほどに。それよりもまずは文型(ストラクチャー)を教えることが大事。ただし教えすぎは禁物。教え方が下手だと思われてしまうから。

※ くだけた表現(plain form)は、最初に教えるべきではない。状況によって失礼になる場合があるからで、教えてもらいたがる生徒には「敬語が使えるのはインテリジェンスのバロメーターだよ」と言うといい。

※ 大学卒業以来またスペイン語を勉強している。スペイン語を母語とする生徒に教えるときに役に立つ。しかし不思議なのは、大学の頃に比べてペイン語がスムーズに頭に入る。おそらく頭の中に英語―スペイン語の回路ができたからか。

※ 日本では英語能力を計るのに猫も杓子もTOEICを重視するが、ヨーロッパではあまり知られていない。実はTOEICの受験者はほとんどが日本人と韓国人らしい?!

以上















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